本当は寂しくてたまらない
もうすぐ夏休みである。
小学校5年生のムスコは、夏休みに入るとすぐ、林間学校へ行く予定だ。
今、学校では林間学校の準備に忙しく、ムスコ自身もとても楽しみに
している。
母のワタクシは、表面上は笑って「きっと楽しいから、楽しんでおいでね」
と言っているが、内心は寂しくて寂しくて仕方ないのである・・・。
たかが一泊の林間学校で、全く馬鹿みたい、いや馬鹿である、
ということは自覚している。
それでも本当は、寂しくて寂しくてたまらない。
こんな本音を表に出したら、ムスコの楽しみにしている気分に
水を差すことになるし、下手をしたら、ムスコを無駄に不安にさせて
しまうので、ムスコの前では絶対に見せないが。
実は今回の林間学校が、ムスコが初めて
「親から離れてよそにお泊りする」経験なのだ。親にとっても子にとっても。
習い事も、合宿等がある習い事ではなかったし、
幼稚園も近隣のお家の要請により(夜まで子どもの声が聞こえるのは迷惑、
ということで)、「お泊り保育」はなかった。
オットの実家に泊まる時は、親子一緒であった。義理両親はムスコだけで
泊まりにくるようにと何度も誘ってきたが、ムスコが行きたがらなかったし、
義理両親や義理叔母の、「子どもの安全に対する意識のあまりの低さ」に
オットも私も安心して行かせることが出来ず。
私の実家は我が家から1時間程なので泊まる必要はなく、また私の母は
「孫の面倒を自分1人で見るなど、真っ平御免」な人なので、これまた
ムスコ1人で泊まる機会はなく。
思えばムスコは、幼稚園や小学校、習い事に通う以外は、
「他人様に預けられる」経験自体がない・・・ないに等しい。
乳幼児期、保育園の一時保育は利用したことがない。
幼稚園の預かり保育も利用したことがない。
いつも私が面倒を見てきた(母親だから当たり前だが)。
私が病院や美容院に行きたい時、親戚や友人のお見舞い、
子ども抜きで友人に会う時は、日程をオットの休みの日に合わせたので、
オットがムスコの面倒を見た(専業主婦とはいえ、父親だからこれくらい
やってくれるのは当たり前)。
ムスコが幼稚園年中の時、私ががんの疑いがあり、
遠くの病院で大がかりな検査を受けねばならず、しかもその検査は
「家族の付き添い必須、子連れNG」だった時と(結果はがんではなかった)、
ムスコが小学校1年生の時、オットは入院手術することになり、これまた
「家族の付き添い必須、子連れNG」だった時のみ、
「非常事態だから協力する」と、私の母が言ってくれたので、
幼稚園のお迎えとその後の数時間、学校から帰宅後の数時間だけ、
私の母に面倒を見てもらった。
私とオット以外、つまり「親以外」に預けたのはこれだけだ。
まぁ、学校に通わせるのは親の義務だし、幼稚園や習い事は
社会勉強の為に必要ということで、それは「他人に預けた」と
敢えてカウントしなくても良いだろう。
ムスコの乳幼児期、オットは深夜帰宅(12時過ぎ)が当たり前、
休日出勤や出張も多かったので、本当に「母子2人きり」の生活だった。
(今の方が、オットが偉くなって自分の裁量で出来る仕事が多いため、
オットが家にいる時間は、ムスコの乳幼児期よりもずっと多い)
ムスコが幼稚園に入園する前の生活は、私が体調を崩した時などは
辛かったが、大変な中にも、それなりに楽しかった。
大変だったのは、母子2人きりだと、怠け者の私は意識を強く持たないと
いい加減な生活をしそうだったので、保育園に行っている子と
差がつかないように、規則正しい生活をすると自分に課していたことだ。
朝のうちにムスコの相手をしながら家事を終わらせ、10時から公園、
または習い事、12時に帰宅、ムスコの着替えまたはシャワー、昼食、
ムスコお昼寝。
ムスコのお昼寝中に夕食の準備をほぼ済ませ、ムスコが起きた後は、
お散歩好きのムスコに付き合って、夕方までお散歩と買い物。
帰宅後は家事、夕食、お風呂、絵本タイム、寝かしつけ。
家事に関しても、専業主婦なので1人できちんとこなすのは当然。
オットは会社から帰宅後は、文字通り「メシ・フロ・寝る」だけの状態に
なるようにしていた(これは今でも)。
全て当たり前のことだが、これを毎日1人きりでこなし続けるのは、
怠け者のワタクシには、しんどい時もありましたわ。
専業主婦って、仕事のように他から評価されるわけではないので、
本人の志の高低によって全てが決まってしまう。
私は基本的に怠け者なので、志を高く持ち続けることが、
「母子密着育児」生活の中で、1番大変だったかもしれない。
ただ、ムスコは母親に対する執着は凄かったが、逆に母親が一緒に
いればご機嫌だったので、癇癪をおこして訳の分からないことで
ギャン泣きしたりすることはなかったし、話して聞かせれば分かるので
外出や買い物で苦労したことがない。
トイレトレも2歳になってすぐ2週間で完了して失敗なし、お昼寝もするし
夜もよく眠った。
母親に対する執着が凄いわりには、幼稚園入園や小学校入学も
問題なく新しい環境に馴染んでいってくれたし。
「母子密着育児」の辛さも味わうには味わったが、ムスコが育てやすい子
だったおかげで、順調で楽しい乳幼児期の生活だったわ。
ムスコで悩んだのは、2歳の誕生日過ぎまで一言も喋らないことと、
体が弱くて病気ばかりしていたことくらい。この2つは本当に悩んだ。
言葉については、相談した小児科の先生に言われた
「大人の言葉の理解は凄く良いし、コミュニケーション能力も十分あるので
もう少し様子を見ましょう。こういう子は話し出すと一気に話し出して、
寧ろお喋りな子になるもの」という言葉どおり、2歳の誕生日の2週間後から
突然「パパ」「ママ」と話し始め、一気に文章を話すようになった・・・
そして話し出してからのムスコは、一日中喋っているお喋り男児である・・・
私の悩んだ日々は一体何だったのだろうか。
体が弱いことについては、これまた小児科の先生に
「今は弱くても、7・8歳くらいから丈夫になってくるから」と言われたとおり、
小学校入学後は丈夫になってきた。小学校入学後の欠席日数は年に数日。
1歳から幼稚園入園までは、ほぼ毎週通院、幼稚園の3年間はずっと
年間欠席日数クラスワースト1だったことから考えると、格段に強くなった。
今になって心の底から思っているのだが、ムスコは明らかに
「専業主婦育児が向いている子ども」であったなぁ、と。
私も「専業主婦育児がしたい母親」だったので、親子の志向が一致した
ことは、本当に幸せだったと思う。
最近、政府がますます「兼業主婦育児」を推し進めようとしている。
その理由はよく分かっているつもりだが、非常に心配になる。
(不満なのはその理由は「国にお金がないから納税しろ」だけのはず
なのに、「女性の社会進出」とか「女性が輝く社会」とか、心にもないことを
言う政府の姿勢。この大嘘つきが、と言いたいわ)
「兼業主婦育児がしたい母親」と「兼業主婦育児が向いている子ども」なら
良いけれど、「専業主婦育児がしたい母親」と「専業主婦育児が
向いている子ども」には、辛い流れであるなぁ、と。
まぁ、「母親」は大人なので我慢して納得することも出来るだろうが、
幼い子どもの心が置き去りにされるようで、非常に心配だ。
「兼業主婦育児が向かない子ども」って、本当にいるのだから。
私はオットのおかげで何とか専業主婦育児を10歳まで出来たので、
本当に幸せだったな・・・(今も在宅仕事なので専業主婦のようなもの
だけどね)。
だから、ムスコ11歳にして、初めての「よそでのお泊り」が寂しくても
「遅く来た通過儀礼の1つ」だと思って、耐えなければならない。
あぁ、ムスコがいない時くらい、オットが早く帰ってきてくれれば良いのに。
でも、最近のオットは忙しく・・・私も仕事するか。
ムスコやお友達が、無事に楽しく過ごせますように。
そして、必ず無事に帰ってきますように。
小学校5年生のムスコは、夏休みに入るとすぐ、林間学校へ行く予定だ。
今、学校では林間学校の準備に忙しく、ムスコ自身もとても楽しみに
している。
母のワタクシは、表面上は笑って「きっと楽しいから、楽しんでおいでね」
と言っているが、内心は寂しくて寂しくて仕方ないのである・・・。
たかが一泊の林間学校で、全く馬鹿みたい、いや馬鹿である、
ということは自覚している。
それでも本当は、寂しくて寂しくてたまらない。
こんな本音を表に出したら、ムスコの楽しみにしている気分に
水を差すことになるし、下手をしたら、ムスコを無駄に不安にさせて
しまうので、ムスコの前では絶対に見せないが。
実は今回の林間学校が、ムスコが初めて
「親から離れてよそにお泊りする」経験なのだ。親にとっても子にとっても。
習い事も、合宿等がある習い事ではなかったし、
幼稚園も近隣のお家の要請により(夜まで子どもの声が聞こえるのは迷惑、
ということで)、「お泊り保育」はなかった。
オットの実家に泊まる時は、親子一緒であった。義理両親はムスコだけで
泊まりにくるようにと何度も誘ってきたが、ムスコが行きたがらなかったし、
義理両親や義理叔母の、「子どもの安全に対する意識のあまりの低さ」に
オットも私も安心して行かせることが出来ず。
私の実家は我が家から1時間程なので泊まる必要はなく、また私の母は
「孫の面倒を自分1人で見るなど、真っ平御免」な人なので、これまた
ムスコ1人で泊まる機会はなく。
思えばムスコは、幼稚園や小学校、習い事に通う以外は、
「他人様に預けられる」経験自体がない・・・ないに等しい。
乳幼児期、保育園の一時保育は利用したことがない。
幼稚園の預かり保育も利用したことがない。
いつも私が面倒を見てきた(母親だから当たり前だが)。
私が病院や美容院に行きたい時、親戚や友人のお見舞い、
子ども抜きで友人に会う時は、日程をオットの休みの日に合わせたので、
オットがムスコの面倒を見た(専業主婦とはいえ、父親だからこれくらい
やってくれるのは当たり前)。
ムスコが幼稚園年中の時、私ががんの疑いがあり、
遠くの病院で大がかりな検査を受けねばならず、しかもその検査は
「家族の付き添い必須、子連れNG」だった時と(結果はがんではなかった)、
ムスコが小学校1年生の時、オットは入院手術することになり、これまた
「家族の付き添い必須、子連れNG」だった時のみ、
「非常事態だから協力する」と、私の母が言ってくれたので、
幼稚園のお迎えとその後の数時間、学校から帰宅後の数時間だけ、
私の母に面倒を見てもらった。
私とオット以外、つまり「親以外」に預けたのはこれだけだ。
まぁ、学校に通わせるのは親の義務だし、幼稚園や習い事は
社会勉強の為に必要ということで、それは「他人に預けた」と
敢えてカウントしなくても良いだろう。
ムスコの乳幼児期、オットは深夜帰宅(12時過ぎ)が当たり前、
休日出勤や出張も多かったので、本当に「母子2人きり」の生活だった。
(今の方が、オットが偉くなって自分の裁量で出来る仕事が多いため、
オットが家にいる時間は、ムスコの乳幼児期よりもずっと多い)
ムスコが幼稚園に入園する前の生活は、私が体調を崩した時などは
辛かったが、大変な中にも、それなりに楽しかった。
大変だったのは、母子2人きりだと、怠け者の私は意識を強く持たないと
いい加減な生活をしそうだったので、保育園に行っている子と
差がつかないように、規則正しい生活をすると自分に課していたことだ。
朝のうちにムスコの相手をしながら家事を終わらせ、10時から公園、
または習い事、12時に帰宅、ムスコの着替えまたはシャワー、昼食、
ムスコお昼寝。
ムスコのお昼寝中に夕食の準備をほぼ済ませ、ムスコが起きた後は、
お散歩好きのムスコに付き合って、夕方までお散歩と買い物。
帰宅後は家事、夕食、お風呂、絵本タイム、寝かしつけ。
家事に関しても、専業主婦なので1人できちんとこなすのは当然。
オットは会社から帰宅後は、文字通り「メシ・フロ・寝る」だけの状態に
なるようにしていた(これは今でも)。
全て当たり前のことだが、これを毎日1人きりでこなし続けるのは、
怠け者のワタクシには、しんどい時もありましたわ。
専業主婦って、仕事のように他から評価されるわけではないので、
本人の志の高低によって全てが決まってしまう。
私は基本的に怠け者なので、志を高く持ち続けることが、
「母子密着育児」生活の中で、1番大変だったかもしれない。
ただ、ムスコは母親に対する執着は凄かったが、逆に母親が一緒に
いればご機嫌だったので、癇癪をおこして訳の分からないことで
ギャン泣きしたりすることはなかったし、話して聞かせれば分かるので
外出や買い物で苦労したことがない。
トイレトレも2歳になってすぐ2週間で完了して失敗なし、お昼寝もするし
夜もよく眠った。
母親に対する執着が凄いわりには、幼稚園入園や小学校入学も
問題なく新しい環境に馴染んでいってくれたし。
「母子密着育児」の辛さも味わうには味わったが、ムスコが育てやすい子
だったおかげで、順調で楽しい乳幼児期の生活だったわ。
ムスコで悩んだのは、2歳の誕生日過ぎまで一言も喋らないことと、
体が弱くて病気ばかりしていたことくらい。この2つは本当に悩んだ。
言葉については、相談した小児科の先生に言われた
「大人の言葉の理解は凄く良いし、コミュニケーション能力も十分あるので
もう少し様子を見ましょう。こういう子は話し出すと一気に話し出して、
寧ろお喋りな子になるもの」という言葉どおり、2歳の誕生日の2週間後から
突然「パパ」「ママ」と話し始め、一気に文章を話すようになった・・・
そして話し出してからのムスコは、一日中喋っているお喋り男児である・・・
私の悩んだ日々は一体何だったのだろうか。
体が弱いことについては、これまた小児科の先生に
「今は弱くても、7・8歳くらいから丈夫になってくるから」と言われたとおり、
小学校入学後は丈夫になってきた。小学校入学後の欠席日数は年に数日。
1歳から幼稚園入園までは、ほぼ毎週通院、幼稚園の3年間はずっと
年間欠席日数クラスワースト1だったことから考えると、格段に強くなった。
今になって心の底から思っているのだが、ムスコは明らかに
「専業主婦育児が向いている子ども」であったなぁ、と。
私も「専業主婦育児がしたい母親」だったので、親子の志向が一致した
ことは、本当に幸せだったと思う。
最近、政府がますます「兼業主婦育児」を推し進めようとしている。
その理由はよく分かっているつもりだが、非常に心配になる。
(不満なのはその理由は「国にお金がないから納税しろ」だけのはず
なのに、「女性の社会進出」とか「女性が輝く社会」とか、心にもないことを
言う政府の姿勢。この大嘘つきが、と言いたいわ)
「兼業主婦育児がしたい母親」と「兼業主婦育児が向いている子ども」なら
良いけれど、「専業主婦育児がしたい母親」と「専業主婦育児が
向いている子ども」には、辛い流れであるなぁ、と。
まぁ、「母親」は大人なので我慢して納得することも出来るだろうが、
幼い子どもの心が置き去りにされるようで、非常に心配だ。
「兼業主婦育児が向かない子ども」って、本当にいるのだから。
私はオットのおかげで何とか専業主婦育児を10歳まで出来たので、
本当に幸せだったな・・・(今も在宅仕事なので専業主婦のようなもの
だけどね)。
だから、ムスコ11歳にして、初めての「よそでのお泊り」が寂しくても
「遅く来た通過儀礼の1つ」だと思って、耐えなければならない。
あぁ、ムスコがいない時くらい、オットが早く帰ってきてくれれば良いのに。
でも、最近のオットは忙しく・・・私も仕事するか。
ムスコやお友達が、無事に楽しく過ごせますように。
そして、必ず無事に帰ってきますように。
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