実母の癌 1回目の手術終了までの総括 治療編
かねてから癌の手術のため入院していた実母は、ひとまず退院しました。
もう1回補助的な手術をしなくてはいけないのですが、
メインの大手術は予定通り成功し、本人の回復も順調で、
無事に41日間の入院を乗り切ることが出来ました。
ご心配下さった方、気持玉を下さった方、ありがとうございました。
さて、ここからは記録的に、癌発覚からここまでの経過を書いてみる。
今回の手術は、消化器外科の中で最も大きな手術の1つである
「膵頭十二指腸切除術」であった。
癌の出来た場所や、手術を行う施設によって、細かい術式は異なるそうだが、
実母は胆嚢・胆管・十二指腸を全摘出、膵臓と胃の一部を摘出した。
正確な病名は敢えて書かないが、胆嚢や膵臓から管が伸びて十二指腸に
繋がっているところに、癌が出来たのだ。
そのため、胆汁や膵液が上手く十二指腸に流れなくなり、それによって
肝臓の数値(主にビリルビン)が異常値を示し、そこから病気が発覚した。
実母は2年前の脳梗塞の時から、某病院で継続して診てもらっていたので
あるが、実はその病院では見つけてもらえなかった。
脳の専門科と、高血圧の専門科の2つの科で診てもらっていたのであるが。
これに関しては、私は今更文句を言うつもりはない。
今更文句を言ったところで、こちらには何のメリットもないからだ。
実母は今年の初夏頃から、だるさ・食欲不振・尿の色が違うなどと
訴えてきたようであるが、あまり真剣に取り合ってもらえなかったらしい。
これは恐らく、高度に専門化している、大学病院の弱点なのだろう。
専門分野は深く診られるが、専門外のことは関心が薄い、というか・・・。
正直に言うと、これに関しては、私も同罪なのである。
7月頃、実母が「だるい、食欲がない」と言っていたのだが、
「暑いからじゃない?」と、あまり真剣に取り合わなかったので。
結局実母は、昔からの友人と話している時に「だるい、食欲がない」と
言ったところ、そのおば様が、ご自分とご主人が診てもらっている先生が
とても良い先生だから、1回診てもらったら?と紹介して下さり、
別の開業医の先生に診てもらい、それが癌発覚のきっかけとなったのだ。
その先生は消化器専門医の開業医なのだが、数年前まで某大学で教授を
していて、定年で退官後開業したという、勤務医としてはかなり上まで行った方
だった。
初診で行った血液検査の結果を見てすぐ、ご自分が関係していた大学病院に
連絡をとって、緊急で検査と診察を受けられるよう手配して下さり、
実母はすぐにその病院へ行き、そのまま入院となり・・・今に至るのである。
以下、時系列で綴っていく。
8月お盆明け頃
開業医の先生の紹介で某大学病院へ行き、CT等の検査。そのまま入院
緊急で検査をした際に撮ったCTに、癌ははっきりと写っていた。
なので、癌の確定診断と、つまった胆汁や膵液を流す治療を兼ねて、
まずは消化器内科で、内視鏡を使って液を通すための管を入れ、
その際腫瘍の組織を取って、病理検査をした。
病理検査の結果を待たず、内科の先生からは「まず間違いなく癌」と
言われていたが、念のため病理検査の結果を待ち、確定したところで、
消化器外科に手術依頼。母の体調の回復を待って、ひとまず退院。
この時の入院は10日間。
8月の終わり頃
ひとまず退院し、病院からの連絡を待つ。
9月中には手術が行われるという予定であった。
この退院中、私は健康保険や生命保険関係の確認と準備。
9月中頃
消化器外科の受け入れ準備整い、明後日から入院して下さいと
病院から電話。予定通り入院。
入院後、2週間後に手術を行うと担当の先生から言われる。
実母は2年前の脳梗塞の時から、血液をサラサラにする薬を飲んでおり、
非常に出血しやすい、また出血がとまりにくい状況であり、
手術までの2週間で、薬を中止して体調を調整し、8時間の大手術に
耐えられる身体にしていくとのことであった。
先生方の頑張りにより、実母の体調調整は順調であった。
この時期に説明されていたのであるが、今回の手術で、
1番大きな合併症は、膵管と腸を新たにつないだところから、
膵液が漏れることなのだそうだ。
これが起こると腹部に炎症を起こしたり、最悪血管が破れて大出血する
など、危険な状態となるそうだ。
そのため、手術中の状況によっては、膵管だけはつながずに、
後日改めて手術してつなぎます、ということを先生から詳しく説明されていた。
(私は素人なのでよく分からないが、この辺の治療方針は、各病院に
よって違うらしい)
9月終わり頃
手術。予定通り順調に終了。しかし、母の状態から、今は膵管を
つながない方が良いだろうという判断で、膵管は後日つなぐことになった。
母は2日間 ICU に入り、病棟に戻った。
膵管はつないでいないので、管を通して身体の外に出ている状況で
次の手術まで過ごすこととなる。次の手術は約3ヶ月後だそうだ。
退院してから次の手術までは、その管の処置を自分でしなくては
ならない。
病院は「練習すれば十分自分で処置出来る」ということであったが、
母自身に不安が大きかったために、考えた末、行政に相談したら、
介護保険で訪問看護婦さんに来てもらえることとなった。
また日常の家事のサポートにもヘルパーさんに来てもらえるように
色々手配。
脳梗塞の時の経験が役にたった。
入院中は、家族はあまりやることがない。洗濯くらいだ。
なので、この間に退院後の生活のサポートを手配しておいた。
母の友人のおば様方には、ご両親の介護を経験した方が多いので
様々なアドバイスをもらった。
病院のスタッフさんも、行政や介護NPOの人も親切だった。感謝だ。
そして、手術から3週間超・・・ひとまず退院!
次の手術までは通院しながら過ごす。
たくさんの方にお世話になり、本当に有難く思っている。
ありがとうございました。
もう1回補助的な手術をしなくてはいけないのですが、
メインの大手術は予定通り成功し、本人の回復も順調で、
無事に41日間の入院を乗り切ることが出来ました。
ご心配下さった方、気持玉を下さった方、ありがとうございました。
さて、ここからは記録的に、癌発覚からここまでの経過を書いてみる。
今回の手術は、消化器外科の中で最も大きな手術の1つである
「膵頭十二指腸切除術」であった。
癌の出来た場所や、手術を行う施設によって、細かい術式は異なるそうだが、
実母は胆嚢・胆管・十二指腸を全摘出、膵臓と胃の一部を摘出した。
正確な病名は敢えて書かないが、胆嚢や膵臓から管が伸びて十二指腸に
繋がっているところに、癌が出来たのだ。
そのため、胆汁や膵液が上手く十二指腸に流れなくなり、それによって
肝臓の数値(主にビリルビン)が異常値を示し、そこから病気が発覚した。
実母は2年前の脳梗塞の時から、某病院で継続して診てもらっていたので
あるが、実はその病院では見つけてもらえなかった。
脳の専門科と、高血圧の専門科の2つの科で診てもらっていたのであるが。
これに関しては、私は今更文句を言うつもりはない。
今更文句を言ったところで、こちらには何のメリットもないからだ。
実母は今年の初夏頃から、だるさ・食欲不振・尿の色が違うなどと
訴えてきたようであるが、あまり真剣に取り合ってもらえなかったらしい。
これは恐らく、高度に専門化している、大学病院の弱点なのだろう。
専門分野は深く診られるが、専門外のことは関心が薄い、というか・・・。
正直に言うと、これに関しては、私も同罪なのである。
7月頃、実母が「だるい、食欲がない」と言っていたのだが、
「暑いからじゃない?」と、あまり真剣に取り合わなかったので。
結局実母は、昔からの友人と話している時に「だるい、食欲がない」と
言ったところ、そのおば様が、ご自分とご主人が診てもらっている先生が
とても良い先生だから、1回診てもらったら?と紹介して下さり、
別の開業医の先生に診てもらい、それが癌発覚のきっかけとなったのだ。
その先生は消化器専門医の開業医なのだが、数年前まで某大学で教授を
していて、定年で退官後開業したという、勤務医としてはかなり上まで行った方
だった。
初診で行った血液検査の結果を見てすぐ、ご自分が関係していた大学病院に
連絡をとって、緊急で検査と診察を受けられるよう手配して下さり、
実母はすぐにその病院へ行き、そのまま入院となり・・・今に至るのである。
以下、時系列で綴っていく。
8月お盆明け頃
開業医の先生の紹介で某大学病院へ行き、CT等の検査。そのまま入院
緊急で検査をした際に撮ったCTに、癌ははっきりと写っていた。
なので、癌の確定診断と、つまった胆汁や膵液を流す治療を兼ねて、
まずは消化器内科で、内視鏡を使って液を通すための管を入れ、
その際腫瘍の組織を取って、病理検査をした。
病理検査の結果を待たず、内科の先生からは「まず間違いなく癌」と
言われていたが、念のため病理検査の結果を待ち、確定したところで、
消化器外科に手術依頼。母の体調の回復を待って、ひとまず退院。
この時の入院は10日間。
8月の終わり頃
ひとまず退院し、病院からの連絡を待つ。
9月中には手術が行われるという予定であった。
この退院中、私は健康保険や生命保険関係の確認と準備。
9月中頃
消化器外科の受け入れ準備整い、明後日から入院して下さいと
病院から電話。予定通り入院。
入院後、2週間後に手術を行うと担当の先生から言われる。
実母は2年前の脳梗塞の時から、血液をサラサラにする薬を飲んでおり、
非常に出血しやすい、また出血がとまりにくい状況であり、
手術までの2週間で、薬を中止して体調を調整し、8時間の大手術に
耐えられる身体にしていくとのことであった。
先生方の頑張りにより、実母の体調調整は順調であった。
この時期に説明されていたのであるが、今回の手術で、
1番大きな合併症は、膵管と腸を新たにつないだところから、
膵液が漏れることなのだそうだ。
これが起こると腹部に炎症を起こしたり、最悪血管が破れて大出血する
など、危険な状態となるそうだ。
そのため、手術中の状況によっては、膵管だけはつながずに、
後日改めて手術してつなぎます、ということを先生から詳しく説明されていた。
(私は素人なのでよく分からないが、この辺の治療方針は、各病院に
よって違うらしい)
9月終わり頃
手術。予定通り順調に終了。しかし、母の状態から、今は膵管を
つながない方が良いだろうという判断で、膵管は後日つなぐことになった。
母は2日間 ICU に入り、病棟に戻った。
膵管はつないでいないので、管を通して身体の外に出ている状況で
次の手術まで過ごすこととなる。次の手術は約3ヶ月後だそうだ。
退院してから次の手術までは、その管の処置を自分でしなくては
ならない。
病院は「練習すれば十分自分で処置出来る」ということであったが、
母自身に不安が大きかったために、考えた末、行政に相談したら、
介護保険で訪問看護婦さんに来てもらえることとなった。
また日常の家事のサポートにもヘルパーさんに来てもらえるように
色々手配。
脳梗塞の時の経験が役にたった。
入院中は、家族はあまりやることがない。洗濯くらいだ。
なので、この間に退院後の生活のサポートを手配しておいた。
母の友人のおば様方には、ご両親の介護を経験した方が多いので
様々なアドバイスをもらった。
病院のスタッフさんも、行政や介護NPOの人も親切だった。感謝だ。
そして、手術から3週間超・・・ひとまず退院!
次の手術までは通院しながら過ごす。
たくさんの方にお世話になり、本当に有難く思っている。
ありがとうございました。
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